【後編】高齢者が高齢者を支える社会へ~東大教授・医師による「IKIGAIデザイン」

東京大学 高齢社会総合研究機構 教授・機構長 / 同大学未来ビジョン研究センター 教授

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー


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前編に続き、東京大学 高齢社会総合研究機構教授・機構長である飯島勝矢氏に、高齢化社会における「高齢者による高齢者支援」の取り組みについてインタビューをした。

地域に住む高齢者が、同じ高齢者に対して支援を行うとは、どのような仕組みなのか?

そして、高齢者が生き生きとした日常を過ごすための新価値「IKIGAI」とはどのようなものなのか?

後編では、飯島氏の取り組む研究と実践の詳細な姿に迫っていく。

特集0:「SOCIAL QUANTUMS make another now to happen. 社会の小さな担い手が、新たな“当たり前”を創り出す」

今回の特集では、anowと同じく社会を担うために奮闘する“個”を支援する人や組織、コミュニティ、また彼らの存在の意義や定義を考える研究者へのインタビューを通じて、SOCIAL QUANTUMSのあり方や、彼らが活躍していくための条件・要素を深掘り、anowが描く”個と社会の理想的な姿”の糸口を探る。

PROFILE

飯島 勝矢 東京大学 高齢社会総合研究機構 / 同大学未来ビジョン研究センター 教授・機構長

1990 年東京慈恵会医科大学卒業、千葉大学医学部附属病院循環器内科入局、東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座 助手・同講師、米国スタンフォード大学医学部研究員を経て、2016 年より東京大学 高齢社会総合研究機構教授、2020 年より同研究機構教授・機構長、および未来ビジョン研究センター 教授。

”フレイルサポーター”の結成で見えた、高齢化地域の新たな姿

フレイル予防研究を進める中で、実際に地域に入り込み高齢者支援と地域の現状を目の当たりにし、「高齢者による高齢者支援」の形を模索することとなった飯島氏だが、それは研究の初期段階での大規模調査がきっかけとなっている。

柏市と協力し、「柏スタディー」と呼ばれる大規模な地域高齢者の長期縦断追跡調査研究を行ったことで、高齢者支援の新たな仕組みづくりが本格化することになったと飯島氏は話す。

柏スタディー実施時の様子。

飯島:この大規模研究は2011年に研究準備をし始め、2012年に開始しました。

千葉県の柏市をモデル地域として設定し、住民台帳の中から要介護ではない高齢者、つまり自立されている高齢者層を無作為にピックアップして、その方々一人ひとりに対して、約260項目くらいの調査を実施しました。

その後、2014年に新概念「フレイル」が世に出てくるようになったという経緯ですね。

この取り組みの中で、飯島氏が行ったのは「地域住民を大規模調査の中で”測定補助員”として巻き込み、活躍してもらう」というアプローチだ。

飯島:この柏スタディーを実施する際に、「住民の方々にも参加してもらう」という点に意識を配っていました。

この時は、新概念「フレイル」もまだ世に出ておらず、社会活動への参加の重要性という点はまだ判明しておらず、住民の力で何かを実施しているという要素を求めていたという点が大きかったです。

なので、一般の人たちではできない専門的な測定項目に関しては専門スタッフを準備したのですが、それ以外の運動機能測定などに関しては、地域住民の方々に「測定補助員」として参加いただいたんです。

調査を進める中で、フレイル予防の観点から「他者とコミュニケーションを取ることで、日常の中で生きがいを感じる」という要素が重要だということがわかってきた。

その結果を受けて、飯島氏は「補助員という立場ではなく、地域住民だけで実施・完結できるフレイルチェックのモデルを作る」という新たな方向性を見出した。

そこで飯島氏は、”フレイルサポーター”という制度を生み出し、(健常高齢者を含む)地域住民が主導的に高齢者へのフレイルチェックを実施・運営することで、生きがい・やりがいを感じ、高齢者が社会活動をする機会を生み出すことを考えついた。

フレイルサポーターによるフレイルチェック活動の様子。

フレイルサポーターを開始するにあたり、「フレイルサポーター募集における条件」を明確に定めたと飯島氏は話す。

飯島:私は、コミュニティの最初のメンバーに必要な要素として「熱量と規律」が重要だと考えています。それが、その後のコミュニティの”当たり前”になり、活発な状態を生み出してくれる。

なので、特にサポーターの第一期生は、必ず自主的に参加したいと思う人を探すということを、自治体にも強くお願いしています。

また、男性に対して重点的に声かけを行っていただくこともお願いしています。

全国における既存の地域ボランティアなどを見ても、多くの場合女性がメンバー構成の大半を占めています。女性の多くは、誰かと一緒に何かをすることに興味を持っていただきやすいです。

しかし、高齢男性は、「楽しいのでやりましょう」という声かけでは、なかなかモチベーションを持てないことが多いですし、そもそも地域の集まりなどにも消極的です。

少しでも関心を持ってもらった男性の方がいらっしゃれば、私自身がその方々に対して、想いを伝え、「一緒にやってくれないか?」とお願いするようにしています。

企業戦士だった男性は、熱すぎるくらいの熱量でお願いをすると「よっしゃ、いっちょ協力してみるか」となってくださることも多いんです。

実際に、男性のサポーターの方々は、フレイルチェックの際の測定が正確だったり、与えられた役割に対して真摯に取り組んでくれたりと、フレイル予防のための活動において、重要な役割をになってくれています。

条件を明確にすることで、柏スタディーから生み出したエビデンスを用いて構築したフレイルチェック活動のなかで、地域高齢者に活躍してもらうフレイルサポーター制度は、2023年1月現在で全国96の自治体に広がり、フレイルサポーターは数千名を超える数に成長している。

コミュニティ形成という点でも、飯島氏の視点と方法は大きなヒントを我々に与えている。

新価値IKIGAIを掲げ、取り組む、新たな実践

フレイルサポーター制度をより多くの自治体・地域に広げる活動を行いながらも、飯島氏は新たな研究開発へも取り組み始めている。

それは、「新価値IKIGAI」という新たな価値基準を創出し、地域の高齢者の生きがいを可視化、さまざまな社会活動に参加し成長できる機会を提供しようというものだ。

従来の”生きがい”ではなく、あえてアルファベットを用いた”IKIGAI”という価値は、どのようなものなのか?

このIKIGAIという新たな価値を設定し、飯島氏がまず取り組もうとしているのは「テクノロジー活用によるIKIGAI状態の可視化」だ。

飯島:科学技術振興機構(JST)の中で取り組んでいる研究として、フレイルサポーターを地域における「新たな支え手」として捉え直し、アンケートベースでのサポーター調査に加え、テクノロジーを用いて定量的にIKIGAIを感じている状態を測定し、分析しています。

現在進行形の研究ではありますが、例えばフレイルチェックを行っている際のサポーターの表情や姿勢、会話量などをセンシング技術等を用いて計測し、分類を行っています。

そうすることで、さまざまな層におけるIKIGAIを発揮している状態を可視化することができると考えています。

フレイルサポーターの活動時の様子・状態を定量的に測定し、分析することでより明確なIKIGAIの指標化を目指す。
画像:飯島氏による作成

この研究は、単にIKIGAIをより明確に可視化していこうという目的ではなく、その先にある「高齢者の方々が、IKIGAIを自発的に描いていける」という目標をめざしていると、飯島氏は話す。

飯島:フレイルサポーターになってくださった方とお話をしたりアンケート調査などを行う中で、サポーターの方々のIKIGAIの成長段階があることに気づきました。

IKIGAIの成長段階は、だいたい3段階ほどで分類できます。

まず第一段階は、少し不安がありながらもサポーターデビューをして、フレイルチェックの参加者が帰られる時の笑顔をみたりすることで、貢献できた充実感を得られるという段階。

第二段階では、「自分達はこのままでいいのか?」と内省を行い、サポーターチーム内で議論をしたりすることで、より自分達の活動をブラッシュアップしていくというもの。

そして、第三段階になると、普段の活動だけでなく、まだフレイルチェックを実施していない地域に対しても、何かしてあげたいと思って行動するようになってくれます。

しかし、人によってはうまくその段階を踏めずに「この活動は、自分には合わないかも」と思われる方もいます。

なので、IKIGAIの分類や可視化にとどまらず、サポーターの人たちが「自分のIKIGAIはどんな段階にあるのか、どんな状態なのか?」を知れるように、IKIGAIマップというものを作りたいと思っています。

それがあることで、サポーターそれぞれが自分に合ったIKIGAiの成長を描くことができるようになると思いますし、趣向が合わないという人はスッパリと「別のことに挑戦してみよう」と新しいモチベーションに移っていける、ある種のナビゲーションのようになってくれればと思っています。

「生きがいの多様性」に対して、個人が最適な方法と成長のステップをマッチすることができる機会を、飯島氏は生み出そうとしているのだ。

自律するコミュニティで描く、高齢化社会の青写真

フレイルサポーター制度の創出と拡大、新価値IKIGAIを軸とした地域高齢者の社会活動活性化に取り組んでいる飯島氏に、「これからの高齢社会に対してどのような青写真を描いていこうと思うか?」という質問をしてみた。

飯島:やはり、心地よさと他者への貢献という要素の入ったIKIGAIを持てる地域をどんどん増やしていきたいと思っています。

その中で、フレイルサポーターが「自分達で考えて、成長していく」という方向性に進んでいくことにも期待をしています。

その成功事例の一つとして、高知県の仁淀川町という地域があります。

その地域にもフレイルサポーターがいて、活動してくれているんですが、彼らは「言われるからやるんじゃない」、自分達で主体的に活動内容を考え、長期的に活動を続けていくんだという想いを強く持ってくれています。

また、フレイルチェックという気づきの場の提供だけじゃなく、サポーター自らがリハビリテーションの方法を学んで、「ハツラッツ」という独自の運動を作り、地域の高齢者と一緒に行うという活動にまで展開してくれているんです。

自律的なコミュニティは全国に広がり、独自の活動と横の連携が生まれ始めている。
画像:飯島氏による作成

このように自律的なコミュニティへサポーターが成長することで、また新たな展開が生まれてきていると飯島氏は続けた。

飯島:今年2022年の春頃に、各地域のサポーターコミュニティを横断するような形で、NPOの立ち上げをサポーター主導で実施したんです。

来年の1月には、関東ブロックの集会を、2月にはオンラインですが全国規模の集会を開催することになっています。

主な役割として、各地域の活動の様子を報告したり、自分達の活動に生かすための機会として活用していくことを目標にしています。

このように、どんどんとサポーターのIKIGAIが成長し横に広がっていくことで、高齢社会・地域自体がIKIGAIを獲得していくことができると思っています。

全国の地域に、熱量の高いフレイルサポーターコミュニティが広がり、そしてコミュニティ同士が交流し知見をシェアしていく。そうすることで、新たに地域の高齢者にフレイル予防の機会とコミュニケーションの波が広がっていく。

飯島氏は、そのような世界線を描くことで、高齢者同士が支え合える新しい日本の社会モデルをデザインしていこうとしている。

飯島氏の取り組みから描かれる高齢社会のモデルは、我々にとっても多くのヒントが隠されていると筆者は感じている。

「孤立」という言葉は、都会的な生活において多く語られてきた印象が強いが、都市への人口集中が依然として進んでいる日本において、地方と呼ばれるエリアに住む若者・中年層にとっても、老後の孤独・社会活動の低下という未来は現実感があるだろう。

氏の取り組みから得られる「IKIGAIを持った人生」という視点は、長寿国家日本に住む我々全員のテーマとして、大きな意味を持っている。

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー

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