【前編】自問自答によって磨かれる「個の尖り」がコラボレーションを促進する

対話型内省ツール『IRIS』 開発者 金田 喜人 氏

南部 彩子

一橋大学社会学部卒、日本IBMからキャリアをスタートし、大企業での営業職、マーケコンサル、ベンチャーでの新規事業開発、NPOでのソーシャルイノベーション研究、福祉ベンチャーでの経営企画と、様々な業界と組織を経験。「誰もがその人らしさを発揮し、お互いの個性を祝福し合うダイバーシティ」がライフテーマ。2022年3月、スタイリングサービスのリワードローブ株式会社を友人と設立。占星術を使ったライフパーパスコーチングのコーチでもある。娘1人、子育てに奮闘するシングルマザー。


TECHNOLOGY >

特集2:異質コラボレーション -異次元の接触が生み出す新たな可能性-

これまでの特集を通して見えてきた「共創」というSOCIAL QUANTUMの特徴。今回の特集では、「共創」の中でも特に彼ら・彼女らだからこそ起こった、異質性の高いコラボレーションに着目し、その活動の意義、またコラボレーションによってどんな新しい社会的価値が生み出されているのかを探る。

特集2では、様々な「共創」のあり方を紹介するが、今回の記事では「そもそも共創とは」というコラボレーションの本質を探究する。共創、コラボレーション、協働、現代社会でこれを願わない組織はないだろう。しかし、意図して「共創」を生み出せる組織はどれくらいあるだろうか。人がいればただちに共創が起こるわけではないとするなら、共創には何が必要で、どのようにそれが起こるのだろうか。

金田喜人氏は、経営者や組織のリーダーから「シナジーが生まれる組織にしたい」「もっとチームワークをよくしたい」といった依頼を受け、人の内省のプロセスを見える化する「IRIS(アイリス)」という仕組みを提供、組織変容を支援している。

前編では、コラボレーションに必要な前提と、それを作り上げるプロセスについて話を伺った。

PROFILE

金田 喜人 対話型内省ツール『IRIS』 開発者

昭和51年4月福島県出身。東京大学経済学部中退。大学在学中に日本初となるビジネスコンテストの学生団体を設立。その後自らも複数の企業を経営をしながら、起業家を中心にのべ2500人以上の内省を支援する。内省を正解の無い問いに対して、自問自答をしながら意味を見つける体験と位置付け、内省をより豊かにするためIRISを開発研究している。

コラボレーションに必要な「個の尖り」

金田氏は、歴20年の経営者かつ数多くの経営者のメンターということもあり、チームに関するリーダーの悩みに向き合い続けている。「どうしたらコラボレーションが生まれるのか」という問いに対し、金田氏は、「コラボレーション云々の前に、そこに参加する『個』のあり方が重要なのだ」という。

金田:多様性と変化の時代ですし、コラボレーションについて悩んだことがない経営者なんていないんじゃないでしょうか。組織の内でも外でも、コラボレーションがどんどん起こるような組織になればいいのになと思いますよね。

まず理解しないといけないのは、「コラボレーションしなくちゃ」と強く思うことが実はコラボレーションを阻害するということです。「みんなで一緒にやろう」という空気が無意識に同調圧力になってしまうんです。本来は各人が持ち合わせている個性を活かしたいと思ってかけた号令が個性を削ってしまう。その難しさをいろんな場面で体験してきました。コラボレーションの基礎となる多様性、つまり”個々の尖り”がなくなってしまったらコラボレーションにならない。尖りをどう明らかにして、その場に出すかがとても重要なんです。

「コラボレーションしよう」という号令が同調圧力になってしまうという点は、パラドックス的に感じるかもしれない。しかし、会議という枠組みの中では「会議用に用意された言葉」を無意識に使ってしまったり、「ちゃんとしたことを言わなければならない」と思った途端に、自分がいつも思っていることよりもその場で求められる意見は何かと考えてしまったり、そういったことは私たちの日常でもよくあることだ。ましてや、外部とのコラボレーションとなれば、気後れしたり、逆に負けたくないと存在感を出そうとしたり、いろんな思考が働いてしまうだろう。

その状況をどう変えたらいいのか。金田氏は、「効果的なのは自問自答だ」と述べる。

金田:「自問自答」とは、私の開発しているIRISのコンセプトにもなるのですが、自分に意識を向け、言語化していくプロセスです。自分の考えを深堀したり、気持ちを整理したりする。これは新しい技術や手法の話ではなくて、走ることや話すことと同じく学ばなくても皆さんも自然と身につけ、大昔からやってきていることです。1000年、2000年前、もっと昔の人もみんなやっていた。古代の日記などを見ると、知識や情報は分からない内容でも、考えるプロセスに注目すると、意外と今の僕らと同じように悩んでいるんだなと気付かされたりします。例えば、ローマの皇帝の日記を読むと、素晴らしい業績の裏でどのように悩み考えたか、その過程を伺うことができる。インターネットとスマホの普及した現代社会では、ローマ皇帝が生きた時代と比べ、取得できる情報の量もその早さも何億倍にもなっています。しかし「あなたが自分の頭で考えなさい」と言われたときに脳内で行われる内容って、1000年前から変化してないんです。この時間をよくしたいと思って、IRISというツールを作っています。
コラボレーションする当事者同士が単なる情報を持ち寄るのであれば、それはすでにデータになっているものを処理するAIでよくなってしまいます。コラボレーションに必要な個の尖りとは、既にある情報ではなく、互いに共鳴しながら自分の中から引き出していくオンデマンドでライブなアウトプットです。それを練り上げていく内的なプロセスを私は豊かにしたいと思っています。

自問自答の繰り返しで自分の考えを深掘りする

金田氏の開発するプロダクト「IRIS」は、LINEアプリを使って動くソフトウェアで、人の内省体験をアシストするツールだ。

金田:物事を考えたり、体験や感情を整理して言葉にしたりするとき、ああでもないこうでもないと言葉を練るようなことを皆さんされると思うんです。歩きながら考えたり、ノートに書きながら考えたり、人と話すことで整理できるという人もいます。そうした体験をアシストしたいと思って作ったのがIRISです。頭の中を見える化するというと難しい印象を与えてしまいますが、いつも使い慣れたLINEでただチャットするだけです。考え事を整理する時によく使われるノートや話し相手の良さを取り入れつつ、煩わしさや制約を減らし、構造化・デジタル化することで共有したり編集したり扱いやすくしました。

IRISは、LINEで友達登録することで体験できる。友達になったIRISが「今回のテーマは何にしますか?」と問うてくるので、自由にテーマを返信する。すると「自分なりの言葉で(送ったテーマ)に対して最初に思い浮かぶものを一つ挙げてください」と促される。こうしてIRISとのチャットを繰り返す。

時間にして数分、最後には内省の結果がチャート化され、それをURLから確認できる。

左:IRISとのトーク画面 右:IRISによるアウトプット(出典:株式会社問道社

実際に組織がコラボレーションに取り組むときには、IRISを使ってどのように個の尖りを明らかにしているのだろうか。金田氏から、高校の授業でIRISを使用したケースが例に出された。

金田:組織において皆さんが、日頃から目にしているのは、自分自身の考えではなく組織の在り様です。そのため、コラボレーションしようと意識した時に組織という舞台のイメージは沸いても、そこにいる自分のことが見えていないんです。自分の声や動きを把握するには、プロでもかならず鏡やカメラ、レコーダーなどを使って分析します。声や動きと比較して、思考や感性は他人の活動のプロセスを見ることができませんから、相手のことも自らのことも客観視したり分析するのがとても難しいです。最終的に出てきた情報としてのアウトプットだけを扱うと、深いコラボレーションは生まれません。

IRISでは、同じテーマに対して、10人いれば10通りの考え方、感じ方のプロセスが5分程度で全員分可視化されます。それを自ら確認したり、互いに共有することで、自らの考え方の特徴を客観視したり、チームのメンバーの思考の全体像をリアリティをもって感じることができます。

尖った個の強みを組み合わせたり、上手にレイアウトしていく過程は、個人の尖りの解像度を上げることと、それをフラットに共有・俯瞰することができれば難しくはありません。むしろ、先に互いを活かすことを意識しすぎて個々の尖を見つめられない、自分独自の思考の仕方を共有しにくくしてしまっていることが課題です。

スマホで簡単に利用できる(出典:株式会社問道社

金田:東京都内の私立高校でIRISを取り入れた事例があります。その授業は1年間かけて各自が自由なコンセプトを実現するために時間を使っていい、というものでした。個人でもチームでも構いません。ゲームを作ろう、会社を作ろう、なんでもいいので、みんな好き勝手やっていいよって言われるんですが、出てくるものが十分に多様なものかというと、最初はそうはならない。学校の授業という枠で、先生に見られるし、友達にも見られるとなると、無意識に「こういうものが求めてられてるんだろう」とか、「これはさすがにやっちゃダメだろう」と意識して、組織としての成果が求められていない高校生でも、勝手に前提条件を置いたり、周りの目線を意識したりしてしまいます。

IRISを使って深く自問自答していくと、人の意見に合わせてる部分とか、忖度している部分はすぐに手詰まりになります。繰り返し自問自答する形で、「それはどういうものですか」と問われ続けると、本当に自分の体感、体験に紐付いていないような、「きっとこうだろうな」みたいな、他の人の顔色を伺って出したような考えはあっという間に頭も手も止まってしまうんです。

金田:高校生の場合、例えば、学校でSDGsの授業を受けているので、最初は「SDGsに従った会社経営がしたい」とか書くわけです。じゃあSDGsってどういうことか、IRISで自問自答していくと、授業で習ったことしか答えられない。それを深掘りしていこうと思っても、知識として知っていることを書き終わったら、自分の中に体感・体験がないから書けることがないわけです。抽象概念から具体的な感覚や体験に落ちていかない。
一方で、自分の感覚や体験に基づいた問い、例えば、「学校の宿題をなくしたい」とか、「コスメ好きだからコスメのことやりたい」とか、そういうものだと、繰り返し問いかけられても、どんどん具体的なものが出てくるんですよね。

コラボレーションがうまくいく条件のひとつとして、はじめは与えられたテーマがあったとしても、参加する個が互いに問いかけられる状態に至っているということがあると思います。はじめは与ららたテーマで自問自答を行う中で、体験や感覚に基づいて具体化できる問い、感覚がなく止まってしまう問い、それを行ったり来たりして、何度も壁にぶち当たって、徐々に自分の中がほぐれていくと能動的にプロジェクトを進められるようになる。問われることから、問うことができるようになるんです。

(BEFORE)自身の感覚に基づかない生徒のIRISアウトプット(出典:株式会社問道社
(AFTER)自身の感覚に基づいた生徒のIRISアウトプット(出典:株式会社問道社
都内私立高校でIRISを取り入れた事例のステップ

コラボレーションとは既存の文脈を超えて新しい意味を作ること

自分の体感・体験に基づいた考えやアイディア、それが言葉になっていく。それが掛け合わせの材料になり、コラボレーションの素になるということだろう。高校での取り組みはまさに、コラボレーションのプロセスを丁寧に見せてくれるものであり、さらに金田氏から語られる展開には、同調圧力が解けていく様子が表れている。

金田:最初にお伝えしたように、コラボレーションの号令に従って「みんなでSDGsやろう」ってなると、無意識に忖度が働いてしまい、コラボレーションの基となる個々の尖りがなくなってしまうんです。高校生の中で、当初数人のチームで動いているグループがあったんですが、IRISでそれぞれの自問自答を重ねていく中で、チーム代表で一人が発表した後に「僕ちょっと違うので別に発表していいですか」 という声が出て、最終的には全員が違うテーマの発表になったんですよ。それをなんとなく、申し訳なさそうにする子もいたんだけれども、結果的にはサバサバした雰囲気になって。「一緒にやらなきゃ」みたいな、ある種の圧力がちゃんと解けたときに、それまで出てこなかった多様なアイデアや思考のプロセスが共有されました。

一つ一つ、自立して生み出されたものがあり、それが見比べられるっていう状態で、初めてコラボレーションの土台ができる。自立してアウトプットするという行為がないと、コラボレーションに辿り着けない。
それぞれがアウトプットする、未完成のものでもその過程を共有し、皆がフラットに引いた目で全体を見る。そして各自がそこに何らか新しい意味を見出す、このプロセスが大切だと思います

金田:コラボレーションとは、すでにそこにある文脈を越えて、新しい意味を作っていくことなのかと思います。一つ一つはすでにあったものなんだけど、掛け合わさって、さらにそこに当事者にとっての意味付けがなされる。

そのためには既に自らの内にあるものを精緻に見つめる力と、全体を俯瞰して大胆に意味付けできる姿勢、関係性が大切だと感じます。

「それぞれの体感・体験に基づいた考えが言葉になることでコラボレーションの素になる」という発想に、まだまだ発揮されていないポテンシャルが様々な組織体に存在するのではないかという可能性を感じた。「自組織にはおもしろい人材がいない、尖ったアイディアなんて出ない、外の力を借りなければ」と考える組織や、「自分にはおもしろいアイディアなんて出せない」と自分自身に悩む人は少なくないだろう。しかし、この発想に立てば、私たちそれぞれの中にコラボレーションの基があるのだ。

後編では、コラボレーションがもたらす価値に注目しながら、更なるコラボレーションの本質に迫る。

南部 彩子

NEW TOPICS

ALL
CONTENT>

CONTENT RANKING

scroll to top
マイページに追加しました