多拠点居住サービスで実現するウェルビーイングな生き方

三井不動産レジデンシャル 事業創造部事業室 主管 櫻井 公平 氏

原田 真希 anow編集部 エディター/リサーチャー

テクノロジー系総合研究所の研究員。元不動産ディベロッパー系シンクタンクの研究員。都市、テクノロジー、イノベーションを軸に、リサーチします。誰もが自分を主語に未来を語る、そんな社会が訪れるよう、anowを通じて“個”の支援に注力します。


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「コンヴィヴィアルシティ」のリサーチプロジェクトでは、現代社会において“個”として社会と関わりながら“自分らしさ”を追求する私たちが求める街を「CONVIVIAL CITY」と定義し、その街にまつわる要素をLIVE、WORK、PLAYの3テーマから探求する。

第一段は「LIVE ーライフスタイルと住環境」。ライフコース、ジェンダーを含む自己認識、居住や家族に関する価値観が複雑化する現代社会で、私たちはどのようにくらしたいのか?人々が自律分散しながらも目的や価値観を共有することで緩くつながり、より柔軟で多様性が尊重される組織やコミュニティ、社会を形成していく自律分散型社会に即したライフスタイルとその舞台としての住まい、街のあり方を考察する。

三井不動産レジデンシャルは新規事業「n’estate(ネステート)」を2022年9月にローンチ、「住の自由化」をコンセプトに多くの人へ多拠点居住の選択肢を提供する。

「”すまいとくらしの未来を作る”ことで日本社会の幸福度UPへ貢献したい。」
そう話すのは、今回取材させていただいたn’estateの発起人である櫻井公平氏だ。

PROFILE

櫻井 公平 三井不動産レジデンシャル株式会社 事業創造部事業室 主管

1985年生まれ、渋谷教育学園幕張中学・高等学校出身。2008年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、三井不動産㈱入社。経理部、オフィスビル開発、住宅用地取得担当などを経て、2020年より三井不動産レジデンシャル 事業創造部に合流。かねてより個人的なスタディとしていた「多拠点居住プロジェクト」を、新しいすまいとくらしのあり方を提案する事業として、本格的に取り組みをはじめる。2022年秋、三井不動産グループのアセットの活用と外部パートナーとの提携により、「住の自由化」を目指すプロジェクト「n’estate (ネステート)」の事業トライアルを開始。 二児の父。元バンドマン。

すまいをもっと自由に

n’estateは今のすまいをそのままに、いつでも好きな期間、好きな拠点に滞在することで、誰もが理想のくらしをデザインできるサービスだ。日本全国各地に広がる21の多種多様な拠点で、利用者の新しいくらしの実現を叶える。

櫻井:n’estateはすまいをもっと自由に捉えなおそうという想いから生まれました。都市部の利便性を享受しながら、郊外や自然の解放感も感じることができれば、人々の生活ってもっと気持ち良くて素敵なものになるよねと。そういった思いで、サービスを立ち上げました。

全国に広がるn’estateの拠点(出典:三井不動産レジデンシャル

櫻井:拠点は自社の賃貸マンションの空室に家具を入れたものや、地方エリアにあるロッジなどの遊休不動産を借り再生したもの、既存ホテルと提携し提供していただいたものなど、三井不動産グループの物件もあるし、三井不動産グループとは全く関係のない物件もあります。新しい拠点を作るのではなく、社内外のリソースを上手く使い既存施設を活用することで多拠点居住サービスを比較的安価に提供しています。

 

都心の拠点の多くを占めるPARK AXISは、三井不動産の賃貸住宅なので一般的には敷金礼金を支払い、賃貸借契約を結び、数年はそこに住むつもりで引っ越さなければなりません。それがn’estateを通せば、思い立った次の日から、最短1泊から利用できる。それも大きなメリットです。『多拠点居住』を試したい人はもちろんですが、引っ越したいエリアにあるn’estateの拠点に1か月住んでみて周辺環境を確認するといった、その街に住むこと自体を試したい人からの需要もあります。これまでの使われ方でも、海外の旅行者がn’estateの拠点に2~3か月住みながら、日本各地を旅するといったこともありました。多拠点居住の実現をめざしたプロジェクトではありますが、人々のすまいやくらしをアップデートするという意味では、多拠点居住とは違ったとしても様々な使い方をしていただけて嬉しいです。

きっかけは個人の想い

櫻井:もともと私は親会社である三井不動産で経理部やビルディング事業部に所属していました。そこで大崎や大宮の市街地再開発事業を経験し、その後レジデンシャル社に出向、住宅の用地取得を担当しました。その後、新規事業の立ち上げを専門とする事業創造部に手を挙げて異動し、多拠点居住のサービス化に取り組み始めました。それをブラッシュアップしたのが今のn’estateです。

三井不動産レジデンシャルは、三井不動産グループの住宅事業を担う業界トップクラスの住宅ディベロッパーだ。その事業は、分譲マンション、分譲戸建て、賃貸マンション、法定再開発、マンション再生、他社物件の販売住宅、シニアレジデンスと多岐にわたるが、基本的には都市部へアセットとリソースを割き、利益を上げている会社だ。このような安定した会社にいてなぜ櫻井氏は新しいことを始めようと思ったのか、また三井不動産レジデンシャルはなぜn’estateの事業を推進するのだろうか。

櫻井:2017年、住宅の用地取得を担当していたいわゆる“用地マン”時代、都市部の土地価格の高騰がありました。とはいえ、仕事としては土地を買わないと成果にならない現実があって。都市部に次々と出来上がっていく狭小なすまいを見て、違和感を抱きました。都心で働いているから、通勤に適した場所にみんな住んでるけれど、本当に住みたい場所って違うんではないか?と。子供が生まれ、自分自身が置かれる環境が変わったこともあり、都市部の狭い家に住み、満員電車に乗り毎日通勤することが正解なのか疑問に思ったんです。

 

「この違和感、疑問って、自分だけでなく世の中の多くの人も感じているものなのではないか」とも思いました。

 

そんな中でコロナの流行である種強制的にリモートワークが一般的になり、働く場所に縛られて住む場所を選択する必要がなくなりました。コワーキングが、カフェが、自宅がオフィスになり、どこでもくらすことができる時代が訪れ、社会構造そのものが加速度的に変化していると思います。

社会構造の変化、そしてその変化による人々が価値を感じるものの変化は、住宅に限ったことではない。人々の欲求は所有・消費から共有・共感へ、消費スタイルはモノからコトへと推移している。人生のロールモデルは崩れ、人々は先人が最適解とした画一的なライフスタイルではなく、自分自身に合った多種多様なライフスタイルを選択することを望んでいる。そしてその欲求やライフスタイルへ個別最適化したサービスを求めている。

櫻井:「働き方」やそもそもの「生き方」がどんどん自由になってきている実感があります。そうなると我々の会社が今まで住宅を提供する際に重要視していた、「東京駅・新宿駅まで電車で直通何分」「最寄駅から徒歩何分」といった不動産立地、いわゆる都市部へのアクセスの良さに価値を見出す人が減ってくるんじゃないかなと。ただ、郊外に住宅を作ればいいということではない。私たちは都心のくらしの利便性も享受したいし、郊外や地方で自然と触れ合う機会も欲しい。

そう思って「多拠点居住事業」について個人スタディをはじめ、2020年、三井不動産グループとして取り組むべき新しい事業として、社長に提案しました。

日本社会の幸福度UPへ貢献する

櫻井:若い世代、特に20代を見ると移住に関する関心が高まっており、多拠点居住や二拠点居住に対する興味関心も深まっています。しかしそれらに関心を持つ人々が実際にそういったくらしを実践しているのか、もしくはそういったくらしのために何らかのアクションを始めているのかというとそうじゃない。そこのハードルが今の社会ではすごく高いんです。

移住と多拠点居住に対する興味関心は高まっている(出典:三井不動産レジデンシャル

櫻井:こういった意識の変容がある現代社会、そして今後の社会において、様々なすまい方や働き方、ライフスタイルの選択肢を提案できることが我々の会社の新たな価値になるのではないかなと思っています。新しいくらし方とか、働き方と生き方の選択肢を提示し自分で決められる状態にしてあげることが、人々の幸せに繋がるんじゃないのかなと。

国際連合持続可能開発ソリューションネットワークが発行する幸福度調査のレポート「The World Happiness Report」によると、日本の幸福度は143カ国中51位で主要7カ国(G7)では最下位だ。このレポートでは1人あたりGDP、社会的支援、健康寿命、人生の選択の自由度、寛容さ、腐敗/汚職の少なさ、人生の主観的満足度という7項目で幸福度を図るが、日本は特に「人生の選択の自由度」が75位、「寛容さ」が137位と非常に低い。

n’estateによってすまいがより自由になり、人々のくらし方や働き方の選択肢が増えること、そして自分自身に合った多種多様なライフスタイルを選択する人が増え、それが肯定されていくことで、今はまだ低い日本の「人生の選択の自由度」「寛容さ」を押し上げることが期待される。

メディアとして発信機能を持つ

n’estateは多拠点居住という新しいライフスタイルを「試す」サービスであるのと同時に、新しいライフスタイルを「知る・学ぶ」ためのメディア「n’estate Journal」を持つ。

櫻井:n’estate Journalでは、私たち運営者が事業への想いや目指す未来について語る「Philosophy」と、自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来のくらし方を探究している人へのインタビュー記事「Interview」、n’estate利用者による新しいくらしの体験談「Report」を主に発信しています。この媒体を通して私たち運営者も学んでいるし、多拠点居住に興味を持っていてもいきなり試すことには躊躇する方や、多拠点居住をしてみたいけどどんな拠点に住んでみたいのか、自分の興味がどこに向いているのかわからない方、今はまだ多拠点居住という概念を知らない方たちにも、多拠点居住というテーマやそのメリットを啓蒙したいと考えています。

 

例えば、解剖学者で二拠点居住の実践者でもある養老孟司先生へのインタビュー記事では、多拠点居住のメリットとして、大規模災害発生時のオルタナティブな選択肢、故郷のような「精神的な逃げ場」としての第二、第三の居住を選択する優位性をあげていただいています。

現代社会で現役で働く私たちの年代は、核家族化の進行や地域コミュニティの希薄化によって頼れる故郷や実家がない人が多いのではないでしょうか。何か失敗した時、辛いことがあった時、逃げる場所がない。そういった時に普段のコミュニティとは少し離れた、第二、第三の居場所があると、精神的な安心感がある。そんな多拠点居住の使い方を発信しています

n’estate Journal Interview 養老 孟司さん(出典:三井不動産レジデンシャル

地域の関係人口になる

都心に住む人が自然を感じたいだけであれば年に数回旅行すればいいのかもしれない。そうではなく多拠点居住を推進するのは、「精神的な逃げ場」を持つことでよりウェルビーイングな人生を実現するためだ。そのためには第二、第三の拠点を“滞在先”ではなく、自身の“すまい”や“居場所”だと感じられる必要がある。その時に重要なのが、その地域の関係人口になることだ。n’estateでは、子供の教育現場を通して、また各拠点にいるローカルスタッフやアクティビティを通して、地域との関わりを提供し、利用者がそこに滞在するだけではなく、地域の関係人口になるような工夫がされている。

例えば長崎県の五島列島にある拠点「カラリト五島列島」や秋田県五城目町の「湯の越の宿」、「森山ビレッジ」、山形県庄内の「ショウナイホテル スイデンテラス」では、未就学児を対象にした近隣保育園での一時預かり保育や、児童生徒が現地校に通う教育留学を滞在期間中に利用できる「n’estate with kids」というプランを提供している。
対象拠点と地域の保育園や小学校・中学校と協業することで、子育て世帯のワーケーションや二拠点居住体験をサポート、家族で地域を訪れ、自然や文化と触れ合い、地域との特別な結びつきを育むことが可能だ。

櫻井:多拠点居住を志すn’estateの拠点とホテルや別荘との大きな違いは、その地域の関係人口になれることです。n’estateの拠点に行くと、ローカルスタッフの案内でご当地ならではの体験を楽しむこともできます。私の娘も「n’estate with kids」を通して仲良くなったお友達と、いまだに暑中見舞いや年賀状のやり取りをしています。

 

今、特に都心で減っている共助・互助の関係性が郊外には残っています。第二、第三の拠点として選択した地域との往復を続ければ、雪かきや草刈りのようなその土地に住むための作業や地域のお祭りなどで、そのコミュニティとの接点が必ず出来てくる。そういったコミュニティに触れ、一部所属している感覚を持てることは人生にとって大きなメリットだと思います。

ホテルとは違う第二、第三のすまいとしての拠点

今後n’estateは、新しいライフスタイルを試した利用者が自分自身にフィットしたすまいを手に入れる、つまり、新しいライフスタイルを「実現する」サポートまでを事業化する予定だ。

「知る・学ぶ」ために新しく自由なライフスタイルをメディアとして発信し、「試す」ためにバラエティに富んだ様々な拠点での試住を提供、「実現する」ために地域の関係人口となれるような企画とすまいをセットで分譲することで、既存の枠に捕らわれない新しいライフスタイルを手に入れるまでをフルサポートする。

櫻井:現状のn’estateのビジネスモデルはウィークリーマンションやホテル、別荘のサブスクリプションサービスと大きく異なりません。ただ、めざすところは違う。多拠点居住を実現するためには、自分が使いたいと思った時にめんどくさいプロセスを踏まずに自分のすまいと感じられる拠点を使える必要があります。そのためにはタイムシェアというより、第二、第三の住居を分譲し、所有してもらうことが最終ゴールなんじゃないかと考えています。ただしターゲットとするのは、今までの別荘ビジネスのターゲットのようなお金持ちではありません。都心に住んで働くサラリーマンが都心の第一のすまいを見直し、第二の拠点を地方に買う。例えば今まで都心に70㎡の自宅を買っていたものを、都心の機能を削いで50㎡に抑えた住居と郊外の100㎡の住居の購入にする。それを1本のローンで実現できれば最高だなって思います。第一の居住として田舎を選択し、都心の居場所をよりコンパクトにできればコストを下げることも可能です。その人に合った様々な選択肢を提供し、多くの人が多拠点居住を実現するきっかけを作れたら嬉しいです。

櫻井:三井不動産レジデンシャルが多拠点居住ビジネスに取り組む最大の価値は、第一の居住を今までずっと提供してきたこと。第二拠点目以降の住居を提供するのと同時に、第一の住居にもテコ入れできる。そしてそのテコ入れした第一の拠点を販売するときに第二の拠点をセットで営業し多拠点居住の選択肢を多くの人に検討してもらう。そんなことを少し先の未来で実現したいです。

住の自由化を志す(出典:三井不動産レジデンシャル

すまいについて多くの人が抱いている違和感。

 

「賃貸でも、分譲でも、簡単には住み替えられない。」「通勤や通学に便利な場所は地価が高く、その結果として居住空間が狭くなる。」「平日と休日では、すまいに求めるものは違うのに。」「住み替えやリフォーム、セカンドハウスの購入には、多くの費用と時間を要する。」などなど。

 

それらの違和感は全て「住の固定化」によるものだ。櫻井氏はもちろん、その他にも今この分野に新しい選択肢を生み出そうとするSOCIAL QUANTUM1は大勢いる。彼らによるイノベーティブな活動をきっかけに「住の自由化」が実現し、住む場所にしばられないウェルビーイングな生き方を多くの人が選択できる未来が楽しみだ。

  1. SOCIAL QUANTUM(社会の小さな担い手):より良い未来のために、社会の「Another now=新たな当たり前」を生み出す人々。SOCIAL QUANTUMの創造をアクセラレートすること、そしてSOCIAL QUANTUMとその活動を応援する個、企業、組織が出会い、共創できるコミュニティを形成することをanowはめざしています。 ↩︎

原田 真希 anow編集部 エディター/リサーチャー

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