【前編】高齢者が高齢者を支える社会へ~東大教授・医師による「IKIGAIデザイン」

東京大学 高齢社会総合研究機構 教授・機構長 / 同大学未来ビジョン研究センター 教授

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー


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少子高齢化というキーワードは、日本に住む人のほとんどが知っているものであろう。

ニュースを見れば「高齢化にどう対応するべきか?」というテーマで議論がなされ、よく知っているものの、あまり現実感のない問題として受け取っている人も多いかもしれない。

世界屈指の長寿国家である日本。

高齢者と呼ばれる人の数は、今後も増え続けることが予想され、とりわけ”高齢者福祉”の問題は日本の抱える大きなテーマとなっている。

多くの場合、「若者がどのように高齢者を支えていけるのか?」という切り口で高齢者支援が語られるが、「元気な高齢者が高齢者の支え手になる」という発想で、新たな高齢化社会の仕組みづくりに取り組む人物がいる。

それが、東京大学にある高齢社会総合研究機構の機関長、および未来ビジョン研究センターの教授も務めている飯島勝矢氏だ。

飯島氏は、東京大学病院の医師(高齢者医療の専門)という経歴を持ちながら、直接的な医療行為とは異なるやり方で、高齢者が支え合う社会デザインに挑戦している。

前編では、医師という立場から現在に至るまでのお話、高齢化社会においてどのような問題に注目されているのかに焦点を当てて、インタビューをした。

そして後編では、飯島氏の提言する新価値”IKIGAI”を中心とした具体的な取り組み、これから描いていく社会像についてお話を伺った。

特集0:「SOCIAL QUANTUMS make another now to happen. 社会の小さな担い手が、新たな“当たり前”を創り出す」

今回の特集では、anowと同じく社会を担うために奮闘する“個”を支援する人や組織、コミュニティ、また彼らの存在の意義や定義を考える研究者へのインタビューを通じて、SOCIAL QUANTUMSのあり方や、彼らが活躍していくための条件・要素を深掘り、anowが描く”個と社会の理想的な姿”の糸口を探る。

PROFILE

飯島 勝矢 東京大学 高齢社会総合研究機構 / 同大学未来ビジョン研究センター 教授・機構長

1990 年東京慈恵会医科大学卒業、千葉大学医学部附属病院循環器内科入局、東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座 助手・同講師、米国スタンフォード大学医学部研究員を経て、2016 年より東京大学 高齢社会総合研究機構教授、2020 年より同研究機構教授・機構長、および未来ビジョン研究センター 教授。

医療界から高齢社会デザインへの挑戦

飯島氏は医師として長く活動されてきたが、医学研究の領域から飛び出し、「ジェロントロジー(総合老年学)」と呼ばれる学問を基盤とする課題解決型実証研究を対象としている。

Gerontology(ジェロントロジー)すなわち「個(個人のエイジング:加齢)」と「地域社会」の両面から諸問題の解決に取り組むために、学際的・総合的・実践的な知の体系【総合知】を創成し、分野横断型の課題解決型実証研究(アクションリサーチ)によっ て新たな知識と技術を地域社会に還元・実装する研究。

東京大学 高齢社会総合研究機構

人が年齢を重ねることで発生する心身の問題や病気、それを生み出す社会的要因について、医学という領域から解決を模索してきたが、同時に医学的な考え方や方法だけじゃないアプローチの必要性も感じていたと飯島氏は話す。

飯島:医療の領域で長くキャリアを過ごすなかで、高齢者を中心とした健康の問題解決に取り組んできました。私独自の視点という訳ではなく、医療界全体の意識として、いわゆる医学的な手法での健康課題解決だけでなく、その背後にある人々の生活のあり方と気持ちの持ち方に対して追求していく必要性を感じていました。

ですが、医師として目の前の患者さんの健康を取り戻すために動きながら、新しい領域に飛び込んで大きな成果を出せるのだろうか、という大きな不安を持ちながらジェロントロジーの分野に飛び込んだことは事実です。そして、高齢社会対応のまちづくり総合研究を課題解決型実証という形で推し進めていこうと決めたわけです。

そのような想いを持っていたタイミングで、高齢社会総合研究機構への学内異動の話もあったことから、飯島氏は腹を括ってチャレンジしてみようと思った。

高齢社会総合研究機構とは、ジェロントロジーの観点から、高齢化する日本社会に対して、医学に止まらず工学や社会学など様々な分野を横断し、”総合知”を用いた課題解決のための研究開発を行う組織として創立された組織だ。現在、全国の約100を超える自治体とともに地域連携を推進している。

飯島:現在、私が機構長を務めている高齢社会総合研究機構は、いわゆる医学部の組織ではなく、「全学」と言われるような多数の学部・学域が混ざり合った組織です。

この分野横断型の研究組織だからこそ、壮大かつユニークな研究成果をどう出すのか、しかも、エビデンスを基盤とした政策提言をいかにできるのか、ということを意識していました。実際に研究機構の中で課題解決型実証研究を進めていくと、医学的なアプローチに加えて、新たな切り口でのアプローチの視点や、柔らかい頭の使い方が必要な場面に出会うことが多くなり、結果として、この機関が掲げる”総合知”によるアプローチに、私自身も至ったという印象ですね。

医学界に止まらず、多様な学域からの刺激を受けながら、飯島氏はジェントロジーにおける新たな問いに取り組むこととなる。

”フレイル”という概念からはじまった、地域コミュニティのリ・デザインへの想い

飯島氏は、ジェロントロジー研究の中でも、”フレイル”という概念に注目して活動をされていることで知られる存在だ。

”フレイル”とは、加齢に伴い発生する心身の「虚弱状態」のことを指す。

年をとって心身の活力(筋力、認知機能、社会とのつながりなど)が低下した状態を「フレイル」と言います。フレイルは「虚弱」を意味する英語「frailty」を語源としてつくられた言葉です。多くの人が健康な状態からこのフレイルの段階を経て、要介護状態に陥ると考えられています。

東京大学高齢社会総合研究機構 飯島研究室

そして、飯島氏が進めた「フレイルを回避し、高齢者がいかに健康であり続けられるか(フレイル予防)」に関する研究によって、これまでの考え方とは異なる事実が判明した。

それは、「高齢者が健康であるために、運動以上に”生きがい”と呼べる要素が重要な効果を持っている」というインパクトの大きい発見だった。

飯島:私たちのチームが行った研究の中でも、最もメディアに取り上げていただく機会が多いものなのですが。

高齢者グループを対象に、「運動」「食事」「ボランティアなど地域内での活動」の3つの項目の有無をチェックし、その方々のフレイル状態になりやすいリスクを測定したんです。

そこで判明したのは、「運動と食事に気を遣っているが、地域内で社会活動を行っていない」層の方が、「運動を行わず、食事と地域活動だけ」という層より、リスクが高い傾向があるということ。

つまり、フレイル予防という観点において、「運動を頑張ること」よりも「誰かと話したり、楽しんだりするのに忙しいこと」の方が、健康へのポジティブな効果があるということです。

画像:飯島氏による作成

つまり、高齢者が健康でいられるためには、これまで一般的に考えられてきた運動や食事という要素だけでなく、「社会的な活動への参加」が重要な役割を果たすということであり、それは想像以上に大きな効果を発揮するということだ。

飯島:現在の日本社会において、「健康のために、健康に資するようなことを行う」というのは、ほぼ限界に行きついているのではないかと、私は思うんです。

確かに家庭間の経済格差の問題はありますが、多くの家庭では一定以上のレベルの食事を取ることができます。

また、1日5,000歩を目標にウォーキングしている人が、あと5,000歩追加で歩くようになったとして、もちろん無駄なことではないのですが、大きな差が生まれるほどの健康効果は正直期待できません。

多くの高齢者にとって、健康のブレイクスルーを果たすためには、やはり「社会的活動に日々参加できているか?」ということが重要になってくるんです。

フレイル予防研究を通じて、飯島氏は高齢者の”生きがい”に対していかにアプローチするか、そしてそのきっかけとなる高齢者の社会的活動への参加をいかにデザインできるかという点に取り組む必要があると、強く想うようになったと話す。

「高齢者による高齢者支援」という社会デザインの発想

高齢者の方々に生きがいを持ってもらう、そして自分達の住む地域社会の中に参加してもらうにはどのような動きが必要なのだろうか?

飯島氏曰く、様々な地域に入り込み、高齢者が行っている地域活動やそれをサポートする自治体などの組織と交流し協働する中で、地域の抱える高齢者支援のハードルを感じたという。

飯島:現在でも、多くの地域で「介護予防事業」と言われるような地域高齢者の健康維持・改善の取り組みが行われています。結果が出てきた部分と問題を抱えている部分との両面が存在し、課題に関しては全国の自治体に共通する内容のようです。

実際に蓋を開けてみると、参加している高齢者はリピーターが多く、ほとんどのシニア層は介護予防事業への参加の機会を逸してしまっていたり、事業者側も継続的かつ成長的に高齢者への機会提供を実施ができていないということを目の当たりにしました。

また、さまざまな行政の方とお話しして、担当レベルでは「高齢者に何かしてあげたい」と思っている方は多いのですが、行政全体で動いていこうとするとなかなか効果的な施策を作りきれないという状況も理解するようになりました。

多くの自治体では、住民側と行政担当側の関係性に若干の距離感が残っていたり、ボタンの掛け違いが起こっていることで、結果的に高齢住民主体の精力的な活動にしっかりとつながっていないというシーンが多かったんです。

つまり、「うまい仕掛けづくり」が必要なんだなと思うようになったんです。。

そこで、地域に住む人が自分から参加したいと思えるような、全国共通の仕組みを作る必要があるのではないかと考えるようになりました。

そのような気づきから、トップダウンの施策ではなく、いかに地域の人々、住民ボランティアと呼ばれるような存在が、主体的に高齢者との関わりも持てるのかが重要だと飯島氏は考えるようになったと話す。

一般的に、高齢者を支援するという話になると、多くの場合は「若者世代や中年世代が、いかに高齢者をサポートするのか?」という発想になりがちだが、飯島氏は「健康な高齢者が、フレイル状態にある高齢者を支える仕組み、そして高齢住民同士で気づき合えるような仕組み」という発想を持った。

飯島:先ほども触れたように、フレイル予防の重要な視点は「社会的な活動・地域での交流」です。例えば、ちょっとウォーキング等の運動を行うだけでも「何千歩歩くのか?」ということよりも、むしろ「誰と一緒に歩いているのか?」という要素がより大きな効果を産みます。

それは、高齢者全体に対して言えることです。つまり、地域にいる高齢者全てが互いにコミュニケーションできる場に参加して、そこで一緒に活動ができることが重要なんですね。

そうすることで、フレイル予備軍と言えるような高齢者の方にとっては、まさに心身の健康を改善する機会になりますし、健康な高齢者の方にとっては地域に貢献するというアクションを通じて”生きがい”を感じ、自身のフレイル予防にもなっているという形を描くことができる。

実際、「地域に対して何かしら貢献したい」という高齢者の方々は多いんです。

その貢献意欲をある種活用することで、高齢者が健康で幸福な状態を生み出していくことができます。

もちろん若者が高齢者を支援する形は喜ばしいですが、高齢者同士が支え合うような仕組みが、現在の地域にとって現実的かつ効果的なものになるのではないかと思います。いわゆる互助の考え方ですね。

長く高齢者へのケアに関する研究を行い、地域で高齢者が直面している状況をよく知る飯島氏であるからこそ、「高齢者は支援されるだけの存在である」という固定概念から離れ、高齢者同士が支え合い、それによって高齢者の生きがいを生み出し、健康かつ幸福な生活を送られるという考えを持つに至ったと言える。

そして、飯島氏はその実践として、フレイルサポーター制度の創出や、テクノロジーを用いた新価値IKIGAIの開発に取り組むこととなる。

それらの活動を通じ、飯島氏はどのような社会像を描いているのか?

次回、後編で詳しく触れたいと思う。

近年、少子高齢化という社会問題において、ビジネスや社会的イメージの観点から高齢者に対して「老害」や「役に立たない」といった言葉がテレビやスマホの画面を賑わすようになった。

注目するテーマ次第で、とある存在が周囲にネガティブな影響を与えていることは、高齢者に限らず多く存在している。

しかし、重要なことは、「我々は等しく歳をとり、いつかは高齢者と呼ばれるようになる」という事実であり、「誰しもが高齢者になるなかで、健康かつ幸福な人生を最後まで送りたい」と思うのは当然のことだということだ。

飯島氏の考えに触れる中で、筆者自身も無知かつ無関心であったことに気づかされた。
改めて、読者の皆様にも自分ごととして高齢者の健康・幸福の問題を考えていただきたいと強く想う。

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー

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