社会課題解決は「出会い」から~生態的アプローチというデザインの思考

特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー


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「社会課題解決」というキーワードは、もはや日常に馴染んでいると言ってもいいだろう。

多くの企業や団体が、環境問題や社会における格差問題などに問題提起を行い、解決策に頭を捻っている。

個人というレベルにおいても、生活の中で知ってしまった何かしらの社会的問題に対しての意識は向上し、「何かできないか?」と考える人の数も増え続けているように感じる。

この「社会課題」に対して、「出会い」というきっかけと「生態的アプローチ」という方法論を重視しながら取り組む集団がある。

デザインの力によって、社会課題解決に取り組む発明家集団「issue+design」https://issueplusdesign.jp/)だ。

今回は、代表を務める筧裕介氏へのインタビューを実施し、社会課題をどのように捉え、どのようなやり方で解決の取り組みを行おうとしているのか、その実態に迫る。

PROFILE

筧 裕介 特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表

1975年生。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。慶應義塾大学大学院特任教授。2008年ソーシャルデザインプロジェクトissue+design を設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。2017年より認知症未来共創ハブの設立メンバーとして、認知症のある方が暮らしやすい社会づくりの活動に取り組む。 代表プロジェクトに、東日本大震災のボランティアを支援する「できますゼッケン」、妊娠・出産・育児を支える「親子健康手帳」、300 人の地域住民とともに未来を描く「みんなでつくる総合計画」、認知症とともにより良く生きる未来をつくる「認知症未来共創ハブ」、他。 GOOD DESIGN AWARD 2019 BEST100「SDGs de地方創生」カードゲーム開発者。 日本計画行政学会、学会奨励賞、グッドデザイン賞、D&AD(英)他受賞多数。著書に『地域を変えるデザイン』、『ソーシャルデザイン実践ガイド』、『人口減少×デザイン』、『持続可能な地域のつくりかた』『認知症世界の歩き方』など。

社会課題をデザインの力で変えていく

isuue+designは、筧氏が代表を務める社会課題解決を目的としたデザインソリューションを提供する特定非営利活動法人だ。

これまで多くのプロジェクトを手がけているが、世間一般に知られているものとして「認知症」に関するプロジェクトがある。2021年に出版された『認知症世界の歩き方』が、15万部を超えるベストセラーとなり、issue+design・筧氏の名前を全国区に押し上げた。

『認知症世界の歩き方』https://issueplusdesign.jp/dementia_world/

そのほかにも、東日本大震災におけるボランティア参加者の活動活性化という課題を解決するために「できますゼッケン」というツールを開発したり、SDGsについて楽しみながら学べるツールとして開発された「SDGs de 地方創生」というカードゲームが、2019年のGOOD DESIGN AWARDを受賞するなど、その活動は多岐にわたる。

issue+designは、その名にもあるように「デザイン」という方法論を用いることによって、様々な社会課題にアプローチしている。

issue+designが重視するデザインプロセス

issue+designのデザインの考え方の特徴は「相手をよく理解する」「共通理解を生み出す」「関係する人を巻き込み、引き出す」という3点に表れている。

『認知症世界の歩き方』の例では、それまで当事者以外の人々にとって理解や想像が及ばなかった認知症の方々の感じている日常を、「認知症の人たちの見えている世界の旅行記」という形で表現することで、多くの人々が楽しみながらも、わかりやすく理解できるきっかけを得られる形に昇華されている。

デザインの手法を用いることで、理解しにくい認知症の世界観を直感的かつエンターテインメント性を持って表現している。

issue+designが社会課題に取り組むようになったきっかけ、そして「デザイン」というアプローチに至るプロセスはどのようなものだったのだろうか?

9.11をきっかけにつながった、社会課題への姿勢

ー筧氏が、社会課題というものに取り組みたいと思ったきっかけはなんなのでしょうか?

:キャリア的にいうと新卒で博報堂という会社に入って、仕事は楽しくやっていました。しかし、それが直接的にそうなのかというとわかりませんが、2001年の9月11日のニューヨークの同時多発テロのときちょうど僕はその場に居合わせて、そこで宗教とかイデオロギーとか国家の対立や、戦争のようなものを目の前で感じて、戦時下に近い状態の街の中で1週間ぐらい何もやることがない日々を過ごしました。

そこで、自分がやってきた広告やデザインの仕事自体はとても面白いし、これを広告というレベルからもう少し大きなスケールに広げて活用させることができるんじゃないかという発想を持つようになって、チャレンジしてみたということですね。

9.11当時、ニューヨークに滞在中の筧氏。

ーその当時から、デザインの力で社会課題にアプローチできるという考えを持たれていたのでしょうか?

:正直、そんなたいそうな想いを持っていたわけではないです(笑)。

僕はバブルの世代では全くないですが、いわゆるロスジェネレーションのような就職氷河期だった時代でした。ちょっと上の世代の人はいくらでも就職できるような時代で、まだその頃は、大学に入って企業に就職するというような、一つのロールモデルが確立されていて、ある意味それしかなかった時代ですよね。

大学生が、特に文系の大学生は勉強しないのが当たり前という空気感があって、就職活動もジャンルレスにいろんなところを受けるという感じで。大学卒業するまでは、何も考えることを求められていなかった世代です。

ーなるほど。筧氏も同じような感じだったのでしょうか?

:そうですね。あまり何も考えずに博報堂っていう会社に就職をしました。とはいえ、広告の仕事はシンプルに面白く、楽しくやっていました。

ですが、広告が好きで会社に入ったわけではなく、たまたま縁があって広告の仕事をやっていたので、目の前にある仕事にはチャレンジをしていたけれども、本当に何がやりたくて何ができるかみたいなのは、まだ社会人になっても模索していました。

その中で、どういうことであれば、自分が情熱を持ってチャレンジできるのかなと思っていたときに都市とか地域、そこにおける文化や暮らしみたいなものに対する関心は昔から強かったと気づいたんです。

大学時代はバックパッカーだったので、中東の国々をめぐったり、大学在学中も1年間海外に行っていたんですね。

特に目的もなく中東とか、旅をしていたりする中での地域、宗教などそういう文化のようなものに対する関心は強かったので、そういった要素が、9.11をきっかけに何か一つに繋がったのかなという気がします。

なので、僕自身は社会課題に対してすごく強い想いとか深い問題意識とか、そういうものを持っているわけではないんですよね。

「社会課題だから」ではなく、「出会ったから」で始まる課題解決

ー社会課題そのものに強い想いがあるわけではないということですが、それはissue+designの手がけているプロジェクトのジャンルの広さにもつながっているかと思います。

:そうですね。issue+designの特色として、特定の課題やジャンルに絞ることをしないという意識があります。

環境問題の話があれば環境問題に対してのアプローチを考えますし、まちづくりだったらまちづくりをやりますし。

一般的には、創業者の方や組織のメンバーそれぞれが、自分の経験などを通してチャレンジしたいと思ったジャンルに対してチャレンジするケースが多いかと思います。

僕自身はそういう意識はあまりなく、なかなか解くのが難しそうな複雑で難しい社会課題にチャレンジしたり、ある意味数学の難問を解きたいというような欲求でやっています。

僕らみたいなことをしてる人間・組織は、どこかの特定の地域への愛着や社会問題としての意識が強い人が多いですが、僕はどちらもないので、そういう意味で言うと「自分が役に立ちたい、自分が貢献できる」という領域やテーマに出会えたときに全力を尽くします。

出会いと対話を重視して、さまざまな社会課題に対するアプローチを検討・開発している。

ープロジェクト自体は、相談や依頼の問い合わせから生まれていくことが多いのでしょうか?

:大半は、こちらから仕掛けるものですね。

テーマとしては常にいろんなものを持っておきながらも、僕らは少なくともデザインを通じて誰か・何かの課題を解決するというアプローチをしているので、課題の当事者や課題に対する深い想いや経験がある人がいないと、自分たちだけではいい仕事ができません。

なので、基本的にはそういう方々との「いい出会い」があったとき、「この人と、この問題にチャレンジすればブレークスルーできるかもしれない」と思ったときに、プロジェクトを企画して取り組んでいくという感じですね。

ー課題の当事者との出会いによって、プロジェクト創発が起こっていくということですね。これまで手がけたプロジェクトでは、その地域の市民の方々を積極的に巻き込んでいくということもやられていますね。

:そうですね。「社会の課題に、市民の創造力を。」と最初から言っていますので、そこが源泉だと思っています。巻き込むというよりは、「市民の皆さんの持つ課題解決力を引き出していく」ことが、課題解決に繋がるという考え方がベースにあります。

とはいえ、冷静に考えて、私たちがすべての課題を根本的に解決できるほどの力を持っているとは思っていないので、その中の一部でも変えられることで、大きな社会課題が解決の方向に少し前進すればそれで十分役割を果たせるかなというスタンスですね。

ーなるほど。ステークホルダーの課題解決能力を引き出すためは、その方々が興味を持っていただくという点が重要になるかと思います。そのために実践されていることはありますか?

:それが、僕らが言うデザインという考え方。楽しさや美しさ、それによって共感を生み出す行為をデザインと我々は呼んでいます。

最近うちでやっているプロジェクトでいうと、認知症のプロジェクトや、脱炭素を前提としたまちづくりを考える「脱炭素まちづくりカレッジ(https://issueplusdesign.jp/climatechange/college/)」などは、一見するとあまり楽しくないテーマに思えます。

正しい知識をいくら伝えられても人は変わらないですし、意識が変わって行動するというところに至るのはもっと難しい。

そうすると参加もしてもらえないし、意見も出してくれない、動いてくれない、、、。

でも、「楽しいな、面白いな、自分もやりたいな、仲間を呼びたいな、もう1回やりたいな」と心が動くような、共感が生まれるような楽しさがあると、その人の意識が変わって行動は変わります。それが我々が言っているデザインというもので、そういうことを意識してやっています。

とはいえ、型通りのアプローチや具体的な方法論というのはそんなになく、ワークショップなどにおいても、やはり丁寧に声をかけることで来てくれた方が「すごく楽しかった、また参加したい、今度は他の人に声をかけるよ」というふうに言ってもらえるような、設計ができるかということに尽きますね。

ーその方法によって、実際に効果を実感できたケースはどのようなものになりますか?

:先ほど少し触れた「脱炭素まちづくりカレッジ」というプロジェクトは、ゲーミフィケーション型のコンテンツを使った場作りの設計を行っています。これは、わかりやすく関心がない人に参加してもらい、その人の共感を呼んで、関与度を上げていくという取り組みの形で、最近うちでよく取ってるアプローチですね。

それがうまくできてるかどうか、正直確証はありません。でも本人のモヤモヤとした問題意識のようなものをもう少し明確にしてあげる、思いを少し可視化させてあげるといったアプローチを取って、次に進むというようなことは意識してやってることですね。

社会課題には工学的ではなく、生態学的なアプローチが必要

ー「いかに共感が生み出せるか?」という点で、デザインの力を信じられていると思います。その上で、社会課題に対してどのようにデザインの力を発展させていけば、より解決に近づけると思われますか?

:特に、地域という単位が抱えている社会課題に対して取り組む際に、私たちが意識しているのは「工学的アプローチよりも、生態学的なアプローチを重視する」という点です。

ー工学的アプローチと生態学的アプローチの違いは、どのようなものでしょうか?

:工学的なアプローチは、課題を個別に要素分解して、個別な解決策を見出すという方法ですね。例えばテレビが壊れたら、どこが壊れてるのかを探して、それを見つけてその部分を修理すればテレビは直るというのが工学的なアプローチの考え方です。

工学的なアプローチの反対のものとして、「生態学的なアプローチ」があると私は思っています。わかりやすくいうと「漢方」みたいなことで、個別の症状=課題に対して局所的に対処するわけではなく、全身の流れを意識した上でそれを整えていくことによって個別の課題も最終的には解決されているという考え方です。

特に地域が抱える社会課題は、課題同士が密接に繋がっていて、どこか一つを直しても結果的には何も変わらないということが起きがちです。なので、いかに包括的かつ連関的に課題を捉えられるかということがすごく大切だと思います。

SDGs de 地方創生を実施する様子。

ー実際に、生態学的なアプローチによって取り組まれた事例はどのようなものがあるのでしょうか?

:現在も取り組んでいるプロジェクトですが、「SDGs de 地方創生」というものがあります。

SDGsの考え方は、包括的なアプローチという考え方で成り立ってますし、それを軸にプロジェクトを作ることで、ある種生態学的なアプローチができるかもしれないと思ったんですね。

「SDGs de 地方創生」というプログラムでは、カードゲームを用いたゲーミフィケーションの考え方を組み込みつつ、様々な地域に住む20〜30人ほどの参加者(多くは、行政関係者や地域における事業者など)が90分ほどの時間の中で、それぞれの課題感を知り、刺激し合うことで、課題感が繋がっていくような場を作っています。

地域の中で、自分の仕事や事業が儲かれば良いという考えで目の前のことをやっていると、地域の経済が衰退して、人口も減り、結果的に自分のが商売も立ち行かなくなるということは明らかです。

それに対して、複数のプレイヤー間で、ある程度その地域全体の繋がりを考えながらアプローチすることで地域全体が盛り上がり、結果的に自分の目の前の事業もうまくいく。そういうアプローチのあり方・考え方を体感的に地域の人に学んでもらいたいと思って作ったのが、「SDGs de 地方創生(https://sdgslocal.jp/)」というプログラムです。

やはり市民の中で体感的にそういうアプローチのあり方・考え方を感じて、自分たちの目の前の仕事やプロジェクトにおけるアプローチが変わっていく人が少しずつ増えていくという、非常に地道なことの結果としてしか、社会課題は変わっていかないのではないかと思っています。

社会課題に対して人々の関心が高まる現代において、次に求められるのは「実際に解決ができているのか?」という問いへの回答だろう。

そこで懸念されるのは、そのニーズに応えるため局所的な解決に急いでしまい、結果的に課題全体の解決に至れないという、筧氏の指摘する工学的アプローチの限界だろう。

社会課題に取り組む企業、団体、行政、個人には、いま一度「生態学的アプローチ」について考え、長期的かつ包括的な視点での「本当の課題解決」へ踏み出して欲しいと思う。

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー

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