多様性に寄り添う”ひとづくり”~菅公学生服の「学生工学」という考え方

藤井 貴大 anow編集部 エディター/リサーチャー


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 私たちは、学生服と聞いて、どのような姿を思い浮かべるだろうか。LGBTQや多様性、機能性の観点から女子スラックスが話題に上る頻度が増えても、実際に目にする機会はいまださほど多くない。「好きな制服を、好きなように着る」。たったそれだけと思われることの間には、時代や環境、子どもたちの心理が複雑に絡みあっている。

 「学生服メーカーから“ひとづくり”企業へ。」をスローガンに掲げる菅公学生服株式会社は、1854年創業の老舗学生服メーカーだ。同社の専門機関「カンコー学生工学研究所」の調査によると、学生にとって「理想の制服」を着ている時に肯定的な自己評価感情が一番高まるという。

 はたして、理想の制服とは何か。「本当に快適な制服」を追究し続けてきた同社が、製造業の枠を超えて多様な個人のありかたについて積極的な情報発信に取り組む背景や、社会と制服の結びつきについて話を伺った。

PROFILE

川井 正則 菅公学生服株式会社 カンコー学生工学研究所 所長

1999年菅公学生服株式会社入社。営業・制服の学校提案業務を経て、2013年より制服の商品開発業務に従事。2022年よりカンコー学生工学研究所に加わり、未来の社会環境や子どもたちの価値観の変化をとらえ、真に豊かな学校生活に向けた新しい価値の創造に取り組んでいる。

澤埜 友梨香 菅公学生服株式会社 カンコー学生工学研究所

大学時代はジェンダーについて学び、「ジェンダーレス制服」の話題をきっかけに制服業界に興味を持つ。2020年に新卒で菅公学生服株式会社へ入社し、1年目からカンコー学生工学研究所に所属。主に多様性をテーマとした取り組みに携わっている。

子どもを見つめ、新たな価値を創出する「カンコー学生工学研究所」

―― まずは「カンコー学生工学研究所」の成り立ちについて、お伺いできればと思います。

川井:「学生工学」とは、子どもたちを「カラダ」「ココロ」「時代」「学び」の4つの視点で見つめる考え方です。学生工学のもととなる研究は1995年頃から取り組んでいましたが、当時は社会環境が変化し始めた時期でもあります。

「エコ制服」が話題になったり、少子化に伴って学校の統廃合や一貫校の増加が進みました。あるいは生徒さんの動向でいえば制服の着崩しが流行し、ブレザーの増加に伴って複数の色を使用した多種多様なデザインが人気になっていきました。

出所:カンコー学生工学研究所

川井:「工学」という言葉からもわかる通り、当初はものづくりの観点、特に「カラダ」の視点から快適な学生服を作るという意味合いを強く含んでいました。

しかし、次第に「カラダ」以外の様々な視点から子どもたちの環境や考えていることを見つめなければ、本当の意味で快適な学校生活を送るための制服は作れないのではないか?という意識が強まり、2006年に「学生工学」として考えを整理し学生工学研究所を設立しました。


この数年、さらに学生を取り巻く環境は大きく変化し、少し先の未来を見据えるような視点が求められていると実感しています。そうした思いから「NEXT SCHOOL LIFE」という言葉を新たに設け、未来創造まで視野を広げた活動を始めました。特に学校生活に関わる上で重要なものを「アイデンティティ」「ダイバーシティ」「ラーニング」「サポーティング」「セーフティ」「サステナビリティ」の6つのテーマに分けて提示し、取り組んでいます。

集団としての多様性と、個人の中の多様な私を満たす学生服

―― 学生工学研究所の取り組みの中でも、LGBTQの方々への配慮などジェンダーに関する問題意識の高まりを特に強く感じます。積極的に活動を行うこととなった具体的なきっかけや、重要視されていることを教えてください。

澤埜:特に力を入れるようになったのは、2016年に文部科学省が出した「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について」という周知資料を境に需要が高まったことがきっかけです。

2019年に岡山県で開かれたGID(性同一性障害)学会でブース出展をした際に、当事者の方と意見を交換する機会を得て、改めてその重要性に気づかされました。今は当事者の声を聞くことを何よりも大切にしています。

 
くわえて、私たちは「ひとづくり」と呼んでいますが、男女兼用ブレザーや女子スラックスなどの制服があって当たり前だという価値観を育てるための情報発信を積極的に行っています。

具体的には、子どもたちの声や当事者の方が学生時代に悩んでいたことなどの調査を行って発信したり、トランスジェンダー当事者であり俳優の西原さつきさんとGID学会理事長である中塚幹也教授の対談記事などを公開しています。

── 近年、女子スラックスについての話題を目にする機会が多くなったと感じます。

澤埜:実際に女子スラックスの新規採用校数は右肩上がりで増えており、弊社も今年度は昨年度の二倍を更新しました。

しかし、それが着用数の増加に直接繋がっているかといえば、そうとも言いきれません。女子スラックスを着用することで、本人が意図しないかたちで意味が付与されてしまったり、周囲から浮いてしまうのではないかと不安の声を聞くこともあります。


そうした声をふまえて、そもそも「男子はスラックス、女子はスカート」というデフォルトの規格をなくすことで、マイノリティもマジョリティも関係なく自由に服装を選べる環境を作れるのではないか?と考えるようになりました。しかしそこでまず問題となるのは、制服のデフォルトの規格をなくすことと、私服自由化は何が違うのか?という点です。

──確かに、わざわざ制服を着る必要があるのだろうかと考えてしまいます。

澤埜:弊社が行った全国の高校生を対象にした調査では「人との違いは自分らしさに繋がる」と感じている生徒が81.2%である一方、「人との違いに不安を感じる」「みんなと同じ安心感が欲しい」と答えた生徒の割合も半数を超えています。自分らしさを巡って、ひとりの子どもの中に矛盾する思いが渦巻いているんです。


制服は仲間とのつながりを象徴するものであり、「みんなと同じ安心感」を保障するものでもあります。そうした課題解決に向けて弊社が昨年10月に展示発表を行ったUSME(アスミー)というコンセプトモデルは、制服が本来持っている価値を残しつつも、自分らしさを自由に発揮できるようなデザインを目指して開発されたものです。

出所:カンコー学生工学研究所

澤埜:USMEという名称には、私たち(us)と私(me)の両方を満たすという意味を込めています。十人十色の集団としての多様性と、個人の中の多様な私、その両方をバランスよく満たすためのデザイン。体操服にあえて制服で使われるようなタータンチェックを取り入れるなどして、制服と体操服を混ぜて着こなせるようなスタイルを作ることで選択肢をなるべく増やし、男女問わずいろいろな自分が表現できるようになっています。

「学生にとって本当に価値のあるもの」を求めて

── 2019年に立ち上げられた学生工学研究所のサイトでは、ジェンダー以外にも様々な当事者の方へのインタビューや、調査データの公開などもされています。

澤埜:活動の中で、性の多様性はあくまでも多様性のうちのひとつに過ぎないという実感を抱くようになりました。

例えばアレルギーや感覚過敏に悩まされている子どももいる。感覚過敏の当事者である加藤路瑛さんにお話を伺いましたが、身体の反応として表れる感覚の過敏さを、子ども自身が言語化するのは難しいようなんです。


だからこそ、感覚過敏というものが存在するということを親御さんや先生方に発信することが必要になってくる。誰もが何かしらのマイノリティであり、同時にマジョリティであるという複雑性を意識したうえで多様性を捉えていきたいと考えています。

川井:ウェブサイトでデータの公開を行っているのは、学生服メーカーとしての知見を蓄積する中で、もっと広くたくさんの企業様や団体、個人の方とともに取り組んでいかなければ未来創造も含めた課題解決を成すことはできないと考えてのことでした。


また、日々の営業活動で学校様を訪問し、私たちの情報を発信するとともに自分たちが気づいていないような現場での新しい課題について、お話を聞かせていただいています。くわえて、会員登録をしていただいた先生方や有識者向けのオンラインセミナーも行い、相互に情報や意見を交換し、議論する取り組みを行っています。


そうして集めた新たな知見をもとに、オープンラボのようなかたちで外部に開いたメディアとして発信を行うことで、想いをともにする皆さまと一緒に「学生にとって本当に価値あるもの」を作りだしていきたいと思います。

創業から160年を超え、学生服メーカーの中でもトップシェアを誇る菅公学生服。

まごうことなき老舗である同社が学生工学という視点を持った独自の研究機関を設けて、子どもの心身はもちろん、新しい社会の動きや多様な価値観のありようを鋭敏にとらえようとしている。

さまざまなパートナーとの連携や自らの調査を通じて得られた情報も公開するなど、自社に閉じることなく広く門戸を開けていて、社会への還元にも積極的だ。

多感な時期をともに歩む学生服の製造を、学生だけでなく社会に対しても真摯に寄り添おうとする同社が担っていることが、大変心強く感じられた。

記事協力(杉本 航平)

藤井 貴大 anow編集部 エディター/リサーチャー

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