失敗は成功の基~倒産は価値ある経験

freee株式会社 関根 諒介 氏

原 健輔 anow編集部 エディター/リサーチャー


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「企業の倒産」に対してどのようなイメージをもっているだろうか。倒産した企業の社長は、多額の借金を抱えて人生の路頭に迷う……そういったネガティブなイメージを持っている方も多いのではないだろうか。しかし海外では事業の失敗や倒産という事象を、むしろポジティヴに捉える国もあるという。今回は事業の失敗を経験した主体者である元経営者自身の”倒産”からの精神的な立ち直りを促すための方法論について研究をしているfreee株式会社の関根諒介氏に取材した。

PROFILE

関根 諒介 freee株式会社

早稲田大学卒業後、三井住友カード、みずほ銀行を経て2016年にfreee株式会社入社。経営管理・資金調達業務と並行し、東証マザーズへの上場準備業務に従事。2021年より同社金融事業本部金融プラットフォーム部の部長となる。武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコース修士課程修了。倒産社長をはじめとした挫折体験者の精神的回復・ウェルビーイングを促すナラティヴ・デザインについて研究している。

ーー本も出版されていますが、その執筆経緯や、倒産社長の方々のウェルビーイングに関する研究活動に至った経緯についてお伺いできればと思います。

関根:もともと本を書こうと思ったのは、2昨年2022年3月まで通った武蔵野美術大学の大学院で「倒産社長のウェルビーイング」というテーマで取り組んだ研究がきっかけとなっています。

なぜそのようなテーマを設定したかというと、私が過去に銀行員として経験した挫折が大きく関係しています。

私は銀行で法人営業を務めていたのですが、当時私が担当していた企業が倒産してしまいました。私自身はその企業や経営者、従業員の方に対して、銀行員として何のお役にも立てなかったことに対する自分に対する憤りや不甲斐なさ……などを強く感じ、自分自身を責めました。それが、自分にとっては一種の挫折であり、その後の職業選択や、人生における働く目的、原動力になっているという意味では、人生における大きな原体験になっていると思います。そして、大学院に入って研究をするなら、自分の内発的な想いをもとに一生懸命取り組めること、社会的な意義がありそうなことをテーマにしようと考えました。その時に、その銀行員時代の体験を思い出したのですが、ふと一歩引いて考えた時に、そもそも倒産という事象を過度にネガティブに捉える・囚われるのではなく、どうしたら倒産を経験された元経営者の方々が、倒産後の人生でも明るく前向きに生きられるだろうかという問いを立て、「倒産社長のウェルビーイング」を実現するための方法論を探索すべく、研究がスタートしました。

まずは、世の中の「倒産社長」がどのように今を過ごされているか、倒産体験前後における感情や経験した課題、そして現在の生活などを知りたいと考え、数十名の元経営者の方々にお会いしました。これは、実際に会ってみて分かったことですが、なんとなく社会的に描かれているような悲壮的な雰囲気とは真逆の、前向きに明るくイキイキと今を生きてらっしゃる方々ばかりでした。自分自身、過去を肯定し、先を見据え新しいチャレンジをされているお話を伺うことで、不思議と勇気が湧いてきて、自分も頑張ろうというようなポジティブな感情が芽生えました。

倒産という事象に対してネガティブな意味づけをしているのは、社会的に構成されているもので、勝手に我々が持っているバイアスであり、勝手な意味づけなのだと思いました。倒産したら人生終わりなんてことはない。そこで、現在を一生懸命前向きに突き進んでいらっしゃる倒産社長の皆さんを世の中に伝えていくことで、倒産に付与されたネガティブな意味表象をポジティブに転換したいと考え、倒産社長のストーリーを記した書籍を出版するに至りました。

ーーポジティブな倒産社長を世の中に伝えていくことは、ある種、世の中で社長になりたいけどリスクを怖れ、一歩踏み出せないという方を鼓舞することにもなりそうですね。

関根:そうですね。起業を検討されている方々でも、”起業はリスクがある”とか、”倒産したら人生終わり”と仰る方々もいるとは思います。失敗脅威指数と呼ばれる「失敗することに対する恐れがあり、起業を躊躇する程度」を示す指標があるのですが、日本は他の国と比べて相対的に失敗に対する寛容度が低いという統計実績もあります。今回の書籍もそうですが、倒産や事業の失敗を資産として活用し、次のチャレンジに挑む姿を世に発信したり、実際に新しいチャレンジで成功される事例が増えていくことで、倒産という経験が価値あるものであり、失敗に対する寛容的な文化が醸成されていくことで、よりカジュアルに挑戦する、起業するというアクションに繋がればと考えています。

ーー社長の方々のウェルビーイングは昔から研究をいろんな方がされてきたのでしょうか?関根さまが先駆者として進めているのでしょうか。

関根:そもそも国内における研究の対象として、倒産した経営者を扱っているというものが極めて少ないです。

ーー倒産を経験された方々に、取材をするという行為自体難しいものかと思います。

関根:そうですね……これは倒産という体験の当事者である本人にそういうことを聞くことが憚られるというか、タブー視しちゃうところってあるんだろうなとは思います。そうした態度や過度な配慮が結果的に、過去の挫折体験を語る場や機会が生まれず、倒産自体の意味がネガティブなまま固定化されてしまっている要因の一つとも考えています。でも、実際に私が色々とお話を伺った倒産社長の皆さんに関しては、快く明るくお話をしていただきました。もちろん全員が全員そうだと一般化するつもりもないですが、お話した方々は「事業の失敗体験を伝えることで、それが誰かのため、社会のためになれば」と利他的な想いでお話頂く方が多かったのも印象的です。

ーー海外との違いについて、日本のほうがより倒産や失敗をネガティブに捉えるいうことについて、何か印象的なお話はありますか。

関根:私が取材したとある倒産社長のお話なんですが、その方が倒産を経験されてから、ある日海外のご友人がその方のもとに訪れたそうです。その時、そのご友人が”Congratulation!”と言われたそうで、 本人からすると「何がおめでとうなんだ?!」となるわけですよね。そのご友人曰く、「倒産をすることに価値がある。君は成功のチケットを今手に入れたんだよ。海外では倒産や失敗をしている人のほうが成功確率が高いんだ。Congratulation!」と明るく話されたそうです。そういう発言一つをとっても、海外の失敗に対する捉え方や解釈は日本とは異なる部分があるんだろうなとは思います。

ーー国によって差がありそうですね。

関根:そうですね。例えば、アメリカではトランプ元大統領とか、ディズニーとかあるじゃないですか。彼らは事業の失敗や破産の経験があります。失敗した人たちが、その後立ち上がって成功している事例がいくつもあるというのは、その地域の強みであり資産だと思いました。

一方、日本で倒産経験があって、その後復活して成功した方々の事例というのはまだまだ不足していると思っています。成功の定義は色々ありますが、一種のマイノリティ経験がある元起業家の方々が新しい人生をよりよく生きられる方々が世に増え、認知されていうことが失敗に寛容的な社会の醸成につながるだろうと信じています。

ーー倒産した方は、どういったメンタルの変化が起こるのかお伺いしたいです。

関根:必ずこうだとは言うものはないのですが、例えば、倒産して綺麗さっぱり清々したという方もいますし、メンタルがガクンと落ちる方もいます。倒産の手続きや裁判などが一通り終わった後はホッと精神的な開放感があったものの、その後、過去の体験を内省したり、今後自分はどう生きていくのかを考えているうちに、先行きが見えずに不安を抱えたり、自信や自己効力感を失ってメンタルを病む方もいらっしゃいました。経営者の方によっては、法人自体を自分のアイデンティティのように捉える方もいて、法人が倒産して無くなってしまうことが、自身のアイデンティティ喪失と捉え、大きな悲しみや絶望感を感じられることもあるそうです。

ーーこういった方々を支える活動としては、どのようなものが考えられるのでしょうか。

関根:圧倒的に第三者による支援が少ないのが現状です。倒産後において新しいスタートを切るにあたり、過去の体験を俯瞰的に振り返り、失敗を負債ではなく、自身の武器・糧となるように体験を昇華していくことが大切かと思いますが、そのプロセスをサポートするような第三者……対話のパートナーが必要かなと感じています。対話を通じて、自身が経験したさまざまなイベントからも新しい気づきや学びを得られたり、当事者自身の自称に対する肯定的な意味づけも促進される効果もあるかと思います。

ーー倒産社長のウェルビーイングを達成する上では、そうしたプロセスを支える人が必要というご意見ですね。

関根:そうです。ただ、倒産という挫折体験からの復活から、その後の生活におけるウェルビーイングを実現するためにはプロセスがあり、第三者からのサポートもいくつかのフェーズがあります。ウェルビーイングはよりよく生きるという意味合いからも、メンタル的にフラットな0以上の状態から10や100にしていくみたいなイメージです。

一方で、倒産に起因してメンタルがマイナスに落ち込んでしまった時は、まずはそれを0に戻すためのアクションやサポートが必要なフェーズもあります。これは、いわゆるレジリエンスという概念だと思っていて、精神的に回復する過程において、いかに第三者が介入できるかが重要です。

レジリエンスのフェーズにおいては、社長が腹を割って相談できるような利害関係がない友人や知人がいるかということは大変価値があります。社長時代に付き合っていた社長仲間、取引先、金融機関等の方々は倒産後には疎遠になったり、気軽に話せないということもあるそうです。社長業をされていると、仕事上では妙味のない古い学生時代の友人との接点が減ってしまうという話も聞いたことがありますが、そういう方々とのコミュニケーションも実は大事だったりするのかもしれません。倒産後だけに限らず、経営をしている最中においても心を許して相談ができる人間関係がいると、精神安定的にも重要であるとのお話も伺ったことはあります。

ーー今後、社会的な単位で解決が必要な課題や、解決にに向けてどのような取り組みが必要でしょうか?

関根:やはり、倒産とか失敗を褒め称える雰囲気や文化を作っていくのが中長期的な課題であると思っていますが、そのためにはやはり成功事例やロールモデルとなる人材が世に増えていくことが重要であると思います。    

日本では倒産や事業の失敗を経験された方に対する再起業の各種支援などです。例えば創業を支援するアクセラレーションプログラムであったり、資金調達の支援体制の整備が不十分な状況です。最近では東京都や兵庫県が再起業家向けの創業支援プログラムを開始されていますが、そうした取り組みが民間も含めて広がっていくと良いなと思います。

融資の面でも、過去に失敗した経歴・履歴があると、その時点で断る金融機関が多いようです。私がお会いした社長の中でも、再起業されて金融機関を数十件回ったのですが、そもそも話も聞いてくれないまま断られることもあったそうです。過去の失敗実績のみで判断をせず、失敗した理由の深掘りができているか、それを糧として新しい事業ではどのように経営を切り盛りするのか、事業性としての評価などを持ってフラットに評価し、融資を前向きに検討できるような金融機関側の態度や仕組みを変えていく必要もあると考えています。

ーー社長だけでなく一般的なサラリーマンも働いていく中で、仕事でメンタルにダメージを負っているのかなと思っています。誰もが簡単にできるようなメンタル面のケアやの方法があればお伺いしたいです。

関根:他人と対話をすること、自身の感情や置かれている状況をしっかりと開示をしていく、共有をしていくことが大切だと思います。メンタルが落ちているときに、自分自身で抱えてしまうことが多い印象です。対話を通じて気持ちが楽になったり、感情が上書きされるような感覚ってあるなと思っていて。自分はこう捉えていたけれど、実は他者は別のように捉えていたことってありますよね。他人との対話から意味や解釈が変容していく、有機的に新しい意味ができ上がっていくことがあります。しかし直属の上司や親には言いづらいなどもあると思いますが、だからこそ、利害関係のない第三者や気軽に腹を割って話せる友人を大事にしておくことが重要だと思います。世の中にはコーチングや、カウンセリングもありますので、それを活用するのも一つの手だと思います。

ーーこれから社長になりたい人、何かを変えたい人に一歩踏み出すアドバイスをお願いします。

関根:起業をするにしても、ビジネスマンとして挑戦をするにしても一切失敗がなく、全てが全て上手くいくということはありえません。大事なのは、失敗をすることは前提とした上でどう失敗するか?その失敗からどのようにアクションするかのデザインが必要だと思います。例えば、新規事業においては、小さな投資で仮説検証からプロトタイピング、ユーザーフィードバック等のプロセスを素早く回すことであったり、プロダクト・サービスに対する確信が持ててから、投資のアクセルを踏むなど、そうしたリーンなプロセスを実行していくことも大切です。

また、日常的に失敗に対する振り返り・内省をチームで行い、失敗経験からの学習プロセスを会社の組織内で構築していくことも大切だとは思います。何かがうまくいかなくても、なるべく一人で抱え込まずにチームで共有し、なるべく楽観的に前向きに笑い飛ばしながら、一歩ずつ進んでいくというマインドが持てるといいのだろうなと思います。

最後にはなりますが、私自身、倒産社長にお会いしてきて思うのは、「倒産したら人生終わり」ではない.ということです。逆に、倒産の経験自体を武器にして活躍をされて輝いていらっしゃる方はたくさんいます。失敗しても人生は終わりでは決してないし、何度でもやり直せる。そして、失敗は人生における負債ではなく、自身の資産にできるものです。さまざまな失敗の経験があることが、その人の魅力的な個性を形成する、貴重な「タグ」になっていくはずです。私も含めてですが、失敗を恐れずに新しい社会を創る担い手として、みんなで挑戦していきましょう!

社長業をやると孤独になる方が多い中で、コミュニケーション相手として重要なのは意外にも利害関係のない友人(学生時代の友人や趣味仲間)でした。インターネットが普及したことでリアルでのコミュニケーションが不足しているといった声もありますが、昔からの友人と気軽に繋がれるメールやSNSは心強いコミュニケーション手段だと思います。また現状日本では倒産した社長を支援する制度が整っていないため、関根氏が言うように失敗した際の次の行動プランを立てて、コツコツ駒を進めることが重要になるでしょう。

原 健輔 anow編集部 エディター/リサーチャー

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